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ダンス・ドラマ(バラタナーティヤム)を観に

「ヤショーダラー」と題されたダンス・ドラマを観に行きました。

インド古典舞踊、バラタナーティヤムを基本に据え
著名なグルジー(師匠)サロージャ・ヴェーディヤナタン師の率いる
ダンススクール、ガネーシャ・ナティヤラヤの作品で、初演です。

ヤショーダラー(耶輸陀羅)とは、お釈迦様が出家する前
シッダールタ太子だったときの妃の名前です。

お釈迦さまの物語は生まれる前の「前生譚(ぜんしょうたん)」
から続くのですが、ここではこのダンス・ドラマの主役である
ヤショーダラー妃に関することをご紹介したいと思います。

釈迦族の王子であったシッダールタ太子が12歳のとき
ある聖仙が次のような予言をしました。
「万が一この子が老いや病や修行者を目にしたならば、
この子は宮殿を去り苦行者となるであろう。」

心配したシュッドーダナ王は、シッダールタ太子に
季節ごとの豪華絢爛な3つの宮殿を与え、
外が見えないような高い塀を築き、何不自由ない生活をさせました。
16歳のとき、ヤショーダラー様とご結婚なさり、12年後に
ラーフラ王子も生まれます。
(↓赤ちゃんをあやすヤショーダラー妃・左から二番目)
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このころ、シッダールタ太子に外界への好奇心が芽生え、
ある日こっそり城を抜け出されたのです。

1日目は東の門から外へ出られました。すると、そこには老人がいました。
シッダールタ太子は「老い」目の当たりにし、恐くなって城へ逃げ帰りました。
2日目は南の門から外へ出られました。すると、そこには病人がいました。
シッダールタ太子は「病」をお知りになり、恐くなって戻りました。
3日目は西の門から外へ出られました。すると、そこで死人を
火葬場に向かう葬列を見ました。
シッダールタ太子は「死」の存在を知り、恐くなって城に戻りました。
4日目は北の門から外へ出られました。
すると、そこには修行者がいました。
シッダールタ太子は修行者の堂々とした姿に感動し、
自分も苦行者となることを決心なさったのです。
これがお釈迦様のはなしに出てくる「四門出遊(しもんしゅつゆう)」の場面です

シュッドーダナ王は、シッダールタ太子が修行者となる決意を固めたことを
知って嘆き悲しみ、何とかして思いとどまらせようといろいろな手を尽くしますが
とうとうシッダールタ太子29歳のとき、城を抜け出します。
「正しい悟りを得るまでは、決して戻らない」と誓いを立てて
自ら髪を剃り、出家したのです。

幼子と自分を置いていなくなってしまったシッダールタ王子。
悲しみに沈むヤショーダラー妃。その後、メッセンジャーから
太子が悟りを開き、仏陀になったとのニュースを聞きます。
沢山の人々が悟りを開いたお釈迦さまの教えを受け入れ
仏教に帰依していきます。
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それから12年後、お釈迦様がようやく帰城なさったときに
彼女は他の女性衆と共に身を飾り香をつけて出迎え、
お釈迦様の教えを聞きますが、皆が教えを理解し境地に達したとき
ヤショーダラ妃だけはその域に達することができなかったそうです。
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また、彼女は息子ラーフラを伴いお釈迦様に会いに行き
「財宝を譲って下さい」と息子に言わせます。
お釈迦様はそれを認めますが、ラーフラ王子はお釈迦様の
一行について行き、沙彌(年少の見習い修行者)となったといいます。
(左から三番目がラーフラ王子)
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その後、教義を理解し、出家しようとしたヤショーダラー妃ですが
なかなか女性の出家を認めてもらえず、再三再四懇願した末、
阿難陀(仏弟子アーナンダ)がお釈迦様に頼んでくれて
ようやく出家を許されたのだそうです。
出家後は自分を反省する事に努め、尼僧の第一人者になったそうです。
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ヤショーダラー妃は天竺一の美女であった、と窺える記載も
残っており、ヤショーダラー役のダクシナさんは本当に
輝くばかりに綺麗でした。
また、グルジーがなんと老王シュッドーダナ役でびっくり!
バラタナーティヤムのダンスの動きも綺麗で、本当に
夢のような舞台でした。

ヤショーダラー妃とお釈迦様の物語を予め知っておいて
このダンスを観たら、更に感動的だと思われます。
皆様も機会があったら、ぜひ。

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by neelkamal-archive | 2013-07-22 02:02 | 芸術・文化


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